第6章 分岐点

その余韻は、翌週まで続いた。

私は彼に連絡をとり、見舞いに行く事にした。レイキヒーリングをするためだった。


病院のベッドの上で彼は、ジーンズと白のタートルネックを着て、あぐらをかいていた。

 

「入院患者らしくないね。」

「患者らしくしなきゃいけない?あの病院の服が、どうも苦手でね。」

 

いつもは整髪料で後ろに撫でつけている前髪も、今日はふんわりと額にかかっていた。

 

スーツ姿の彼とは、別人のようだった。何となく麗しく、女性っぽい感じすらした。

 

いつもよりリラックスした雰囲気で、彼はベッドに横になった。

レイキヒーリングを始めると、

「心地いい」

と言った。

彼はエネルギーが身体のどこから入って、どこに抜けていくかを解説した。

 

彼は、とてもエネルギーに敏感な体質だった。

彼が病院の患者着を着ないのも、前にそれを着た患者の気が残っていて、影響を受けるからだった。

マッサージを受ける時も、施術者との気の相性が良くなければ、かえって具合が悪くなる程だった。
幸い、私の気は彼と相性が良かったらしく、レイキをしたいという申し出も喜んでくれていた。

 

「入院したばかりなんだけど、じつは明日、退院することになったんだ。抗がん剤治療は、僕には合わない。」

 

敏感体質の彼は、副作用が普通の人よりひどく出るようだった。

「一度だけ試したけど、癌で死ぬより辛い副作用だった。」

彼は、私を笑わそうとして、顔をしかめた。

 

多くの書籍には、抗ガン剤と放射線治療のもたらす副作用の危険性を説いていた。
そして彼が、その治療法をやめる決断をしたのは、正しい選択だったのではないかと思った。
彼は、よりナチュラルな治療法を模索する事になった。

 

その数日後、彼からメッセージが届いた。

「急だけど、来週から鹿児島に行きます。

他の方法を探してたら、鹿児島に温熱療法ってのがあって、入院も出来る。」

「そうなんですね。いい治療法見つかって良かったです。でも会えなくなるのは、ちょっと寂しいな。」

私が返信すると、

「いつでもラインで話せるよ。」

と彼が返して来た。


彼と過ごす時間が長くなればなるほど、私は彼と、もっと一緒にいたいと思うようになっていた。

 
でも、これ以上踏み込んではいけない事も分かっていた。

夫とは冷め切った関係だが、今はまだ子供の事を第一に考えるべきだと思っていた。

 

彼を友人として、応援するだけにとどめよう。
そうする事で、彼の力になれるように。

 

 彼の膵臓癌は、ステージ4aで、すでに手術が出来ない状態だった。
最初の治療目標では、放射線と抗ガン剤で、出来るだけ癌を小さくし、手術が出来るまでになれば取るというものだったが、彼の身体はその治療に耐えられなかった。

彼は薬にも敏感な体質で、合うものと合わないものが極端だった。多くの人が適応可能とされている薬も、彼には合わない場合があったため、副作用に関する情報を自分で調べ、常に気をつけていた。

 

それまでは全く他人事でしかない癌という病気が、彼がそうなってから、とても身近に感じられるようになった。

 

私は、彼が目指しているナチュラルメソッドでの完治について調べ、彼と情報を交換するようになった。

 

彼は母親と2人暮らしで、自分が病気になる前から、ずっと母親の介護をしていた。

彼の母親は進行性の難病で、彼の介護なしでは普通の生活ができない状況だった。

 

そのため、彼は鹿児島に行く前に、まず母親をどこかの病院に預けなくてはならなかった。
幸い、母親を入院させられるところはすぐに見つかり、彼は鹿児島へと経った。