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第8章 天使の悪戯

 私は、完全に自己嫌悪に陥っていた。

 

その時、アシュタールに言われた言葉が、ふと蘇った。
「あなたの子供は、大丈夫です。」

 

自分の部屋の本棚に立てかけてある、天使のオラクルカードが目に留まった。

 

私はカードに手を伸ばし、天使に訊ねた。

 

「彼と私は、何のために出会ったの?」

 

カードを1枚選び、裏返すと、それは「Wedding」のカードだった。

 

結婚?
どういう意味?

私は、天使の言いたい事が分からなかった。


一度カードを戻してから切り直し、再び引いた。

今度もまた同じ、「結婚」のカードだった。

 

私と彼が結婚する?

ある訳ない。

 

以前彼に「結婚はしないの?」と聞いた事があった。
彼は肩をすくめて冗談っぽく、こう答えた。
「結婚恐怖症なんだ。」

 

彼の両親は、彼が高校生だった時に離婚していた。その時のトラウマがあると言った。

トラウマについて詳しく尋ねた事はなかった。
聞いて欲しくない部分なのか、話の流れがそうなって来ると、彼のオーラがブロックするのが分かったからだ。

 

それに彼は、自分が病気になってからは、恋愛すらも考えられないと言っていた。

 

私は、もう一度続けてカードを引いてみた。

「Action」行動する

 

天使たちは、私が彼をサポートする事を後押ししているのだろうか?

 

結局私は、これは単に私の願望がカードに現れただけに違いないと結論づけ、カードを仕舞った。

 


そんな中、彼は陶板浴という民間療法を見つけ、県外に通うようになっていた。

 

仕事の合間を見つけては通い、多い時は、週に2、3回行くこともあった。

陶板浴は癌に効果があるだけでなく、他の慢性的な肩コリや腰痛にも効果があり、さらに肌を綺麗にしてくれるという事を聞いて、私は彼に、自分も一緒について行く事を提案した。

 

「2人で行けば、高速料金とガソリン代、ワリカンで行けるから、いいでしょ?」
そう言って、彼を納得させた。

 

本当は、いつ痛みに襲われるかわからない状態の彼が、1人で運転して県外まで行く事が心配だった。

 

先日も、運転中に具合が悪くなり、パーキングで数時間休んでから、夜中までかかってようやく帰って来たと聞かされていた。


次の週、初めてのドライブで、私は自分の好きだったアイリッシュダンスの曲をかけた。

すると、彼は陽気になって、運転中にも関わらず、踊る振りを始めた。

そして、急にまた甦った前世の記憶について話し出した。

「そう、足をこうやって踊るんだ。俺が踊ってるのを、ずっと笑いながら見てる女の子がいて、そう、今のルーシィみたいに。

いや、名前はルーシィじゃない。
何だろう。
ああ、マーガレットだ。
鼻のとこにソバカスがいっぱいあって、髪の毛を三つ編みにしてる!」

彼は、少年のように私をからかって、笑い始めた。

「なんか、やだな。マーガレットって、すごく田舎の娘みたいじゃなかった?」
「そう!当たってる時って、やな感じがするんもんだ。
でも、マーガレットはお姫さまなんだ。

俺の方は貴族じゃない気がする。
俺はマーガレットの気を引こうとして、踊り続けるんだ。」

 

前世の私は、彼の目に、どう映っていたんだろう。


陶板浴の施設まで、車で1時間ちょっとのドライブだった。

 

彼は、出来るだけ効果を上げるために、20分~40分を2回入る事にしていた。

続けて入ると身体への負担が大きいために、1回目と2回目の間に3時間の休憩を入れる必要があった。

 

1回目の陶板浴を終えてから、近所の自然食レストランで昼食をとった。

 

頓服で飲んでいる痛み止めの副作用で、最近、味覚が敏感になった、と彼は言った。

味の濃いものは一切受け付けなくなったため、出来るだけ身体にいいものや、味の薄いものをとるように心がけていた。

 

こんな店が地元にもあればいいのに、と彼は言った。
「自分で作ればいいんじゃない?」


私が言うと、彼はのんびりと答えた。
「そうだな。高知に陶板浴とラドン温泉と自然食レストランの複合施設でも作ろうか。」

 

彼は、仕事で成功して、人のためになる事をしたいと望んでいた。

 

けれど、病気が見つかった頃から、何のために生きているのか分からなくなってしまっていた。
仕事が思うように出来ないストレスも、体に影響しているようだった。

その上、母親の介護も、体力が落ちてきた体で続けるのは難しかった。

 

「最近は、ワクワクする事もない。前は、もっと違ってた。
でも、この病気になってからは、ワクワクする事もなくなった」

 

私が、何を言ってあげればいいのか分からず、黙り込んだのを見て、彼は言った。

 

「ごめんね。楽しい話が出来なくて。」

私は首を横に振った。
たくさん思いはあるのに、言葉には出来なかった。

 

 

そんなある日。

「最近、痛みで眠れない」と、彼からラインが来た。


日に2回の痛み止めだけでは足りず、麻薬の頓服を処方してもらって飲む事にしたと伝えて来た。

 

彼は病院の抗がん剤治療を断って以来、抗がん作用のあるサプリメントや、健康食品を買い込んでは摂る、数値を見て効果がなければ、また次を試すという事を繰り返していた。

 

私は、彼が癌になってからというもの、彼の病気に関する情報をネットで調べ、本を読みあさった。
彼も自分の病気に関しては調べ尽くしていた。
2人で情報交換をする事も多くなった。

 

けれど、そんな努力や思いとは裏腹に、彼の病状は、徐々に悪化しているように思えた。

 

 

結果が出ずに落ち込む彼を、励ますつもりで私が言った言葉が、時にはかえって傷つける事もあった。

 

「数値に一喜一憂しないで。それより今は、前向きに考えようよ。」

 

「前向き?この状況で、どうすれば前向きになれるの?」


常に、癌性の激痛に襲われるかもしれない恐怖が、少しずつ彼の理性を削り取り、痛みを理解出来ない私との、心の距離を生んでいるような気がした。

 

ひとたびスイッチが入ってしまうと、彼は無口になり、自分の周りから全てを排除し、独りで閉じこもった。

 

「ごめんなさい。また、おせっかいしちゃったね。」

送ったメッセージは、既読になっても返事が来なかった。

 

それが、私に余計な負担をかけまいとする、彼なりの最大限の優しさである事は分かっていた。

 

しばらく時間をおいて、感情を整理してから、彼からの返事は来た。

 

「謝る事はないよ。
気持ちは分かってるつもりだし、逆の立場でも似た事言うから。」

 

彼のそういう所は、とても尊敬出来た。