第11章 約束

病院に着くと、彼はベッドの上であぐらをかいて、本を読んでいた。

「シャスタの地下都市テロスからの超伝言」という本だった。

 

「迎えに来てくれたんだよね?

っていうか、ルーシィの助手席に乗って帰るイメージしか湧いてこないんだけど」

 

昨日までは、起き上がる事もままならなかったと、病室に入る前、ナースから聞いていた。

 

来る途中に電話で話した時は、全然呂律が回っていなかった。

でも思ったより元気そうに見えて、少し安心した。

一昨日は、ナースコールを使わずに一人で起き上がろうとして、転んで頭を打ったらしかった。
軽い怪我で済んだから良かったけれど、ナースたちからは、要注意人物扱いをされていたようだ。

 

「昨日までは、ナースのお姉さんたちが、スゴく優しくしてくれたのに、ルーシィが来てから急に冷たくなった。」
彼はわざと残念そうにぼやいた。

 

「とにかく無事で良かった。

ホント、一人だけテロスに行っちゃったんじゃないかと思ってた。」


「ごめんね。オレのせいで、シャスタ山行けなくなっちゃった。」

 

「いいよ。また元気になってから行けば。」

 

「さっき、看護師にお前との関係を聞かれた。恋人でもないし。ルーシィって、一体オレの何なの?」

 

彼は私との関係性を、周りにどう説明すればいいか、困っているようだった。

 

「こないだは、男女を超えた親友って言ってたよね。でも、私は何でもいいよ。」

 

彼が私の事を、「お前」と呼ぶのは初めてだった。

私が到着してからずっと、彼の心境の変化を感じていた。

 

私はその日から、彼の身の回りの世話をする事になった。

彼の退院許可が下りるまで、近くのホテルに泊まり、毎日彼の病室に通った。

 

私たちは、まるで何百年もの時を経て再会した恋人同士のように、同じ空間にいることが当たり前だった。

そして、長年連れ添った夫婦のように、言葉もなくお互いを理解した。

 

彼がぽつりと言った。

「オレたちのこと、はたから見たら恋人か何かに見えるみたいだ。恋人じゃないのに、そう見えるというのは、やっぱり今まで何度もそうだったんだから、仕方ないね。」

 

そして、笑った。
「これは、もう認めるしかないよな。」

 

これは、アシュタールや天使たちの計らいなのか。

 

けれどオペ以来、彼の体に、変化が起きていた。

 

腹水が溜まって、お腹が膨らみ、思うように体が動かせなくなった。

その上、食事もあまり摂れていなかった。

 

彼は、仰向けに寝る事も出来ず、苦しそうに起き上がると、前かがみの姿勢で言った。

「まるで5ヶ月の妊婦ってとこだ。妊娠する覚えなんかないのに、ねえ?」

そして自分のお腹をさすりながら、私に同意を求め、悪戯っぽく笑った。

私も彼に釣られて笑った。


「そういえば昨日の夜、また別の前世を思い出したんだ。」

 

彼は、アングロサクソン系のヨーロッパ人の前世で、反政府軍のリーダーだった時の事を話し始めた。

彼とその家族は、政府軍に捕らえられた。
政府軍は、彼の家族を殺し、その一部始終を彼に見せた。

その時の恐怖は、ずっと彼の中に残っていた。
その恐怖は、彼の魂に刻み込まれた。
それが元で、彼は今世でも決して家族は持たないと誓い、生まれて来たと言った。


「オレが家族を持つと、その家族は必ず不幸になる。
この話を今、お前にしたって事は、たぶんお前もその殺された家族の中にいたんじゃない?」

 

彼の前世の記憶の中で、私は幾度となく、彼のために殺される運命にあったようだった。

彼がずっと私との関わりを拒んでいたのは、私を不幸にしないためだったのだろうか?

 

「ここに来て良かった。もし来てなかったら、あなたに振られたと思い込んだままだった。」

 

彼はベッドの中から腕を伸ばして、私を呼んだ。
私が彼の手を握ると、彼もその手を握り返した。

 

「ルーシィは、とうとうオレの閉じてた心の扉を開いた。
どんなに拒否されても、お前は諦めなかった。

ありがとう。

この恩を、どうやって返せばいい?」

 

彼は、静かにそう言った。
目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「私は、あなたが生きててくれてるだけでいい。」

心からそう思っていた。
彼のそばにいられるだけで、充分幸せだった。

「どこかで、返したい。」

彼は、そう言うと、涙をこぼした。

 

「泣かないで。私がしたくてした事だから、お返しなんていらないよ。」

「何かの形で返したい。でも、返しようがないんだ。
こんな身体でオレは、お前にもう何もしてやれない。

お前は家庭を失って、仕事まで放り出して、こんな遠くまでオレのために来てくれたのに。

オレはお前のために、何が出来る?どうやって、この恩を返せばいい?」

 

彼は、自分の命がそう長くはないと感じているのだと悟った。

「どうせまた来世で会えるんでしょ?
その時でいい。

私の事なら、大丈夫。心配しないで。

だって私、今すごく幸せだよ。

毎日ミッキーのそばにいられて。
だからミッキーは、自分の体が回復する事だけ考えて。」

 

彼がこの世からいなくなるなんて、全く想像ができなかった。
けれどもし、前世で何度も一緒に生まれ変わっているなら、来世でも会えるはず、そう思った。

彼はようやく微笑んだ。
「分かった。じゃあ、そうするよ。」

 

ちょうどその時、消灯時間になった。

 

「もう帰らなくちゃ。」

「今日も、ありがとう。」

「うん。また明日の朝、来るから。何かあったら、ラインして。」

 

病院の自動扉を出ると、外は冷たい風が吹いていた。
見上げると、月が出ていた。

私は、白い息を吐きながら、今日一日また彼と居られたことに感謝した。

 

神様、お願いです。どうか彼を連れて行かないで。

まだ彼と一緒にいたい。
彼は私が、ずっと探し続けていたソウルメイトなんです。
ようやく巡り会えた、自分の魂の片割れ。

だから‥‥神様、お願いです。

そしてアシュタール、聞こえてますか?


奇跡を信じたかった。
彼の病気が治って、ずっと二人で生きてゆきたいと願った。

 

膵臓癌の5年生存率は、他のどんな癌よりも低いと知っていた。

彼の場合、手術で癌を取り除く事すら出来なかった。

それでも、生きて欲しいと願った。私の寿命と引き換えに、彼を生かしてくれるなら本望だった。