第12章 天界の光

翌朝彼が、
「頭を洗って、髭を剃りたい。」
と言った。


病院の介護スタッフには頼まず、私に手伝って欲しいと彼は言った。

 

「いいよ。私これでも、昔美容室でアルバイトしてたから、シャンプーは上手だよ。髭はやった事ないけど。」

 

背の高い彼はひざまづいて、手洗い場のシンクに頭を垂れた。

腹水の大きなお腹では、長時間のうつ伏せが出来ない。

私は手早く、お湯で彼の頭を濡らしてから、シャンプーで洗い、流した。

 

その後、彼を座らせて、顔の下半分にジェルをつけた。

小さなスペースに、たくさんのパーツが集まっていて、しかも凹凸がある顔。

それだけでも大変なのに、彼の頰は痩せこけて、カミソリを当てるのは、思ったより難しかった。

「やっぱり、顔を切っちゃいそうで怖いよ。」

彼は笑って、自分で髭を剃った。

 

 

彼はいつも、「がんが自然に治る生き方」という本を、傍らに置いていた。

 

その本には、医療の常識を覆して、がんの余命宣告から奇跡的な寛解を遂げた人たちのストーリーがたくさん書いてあった。

 

彼は、どうすれば遺伝子の変容が起こるのかを考えていた。

 

次元上昇する事で、それらが簡単に起こり得るのであれば、自分の癌もいつか消すことが出来ると信じていた。

彼は、自分の五感を常に意識して、自分が心地いいと思う物だけを取り入れるようにしていた。

 

食事も少しずつ摂れるようになり、私は、彼が欲しがる物を買いに行った。

 

その日も、午後になると、
「あんぱん食べたい。

あと、ドリップコーヒー。」
と言った。

 

「昨日あんぱん食べてから、具合悪くなったでしょ?大丈夫?」

 

「少しなら平気だよ。こしあんのやつ。」

おやつをねだる時は、彼はまるで子供のようだった。


私が鹿児島に来て10日後。
3回めの血液検査で、ようやく退院が許された。
ちょうどその日は私の誕生日だった。

 

出発当日の朝まで、抗生剤の点滴を打っていた。
本来なら、退院もできない状態らしかった。
けれど、地元に帰る方が彼のためだと、担当のドクターの計らいで特別に下りた退院許可だった。


当日の朝、ホテルのロビーでニュースを見て、桜島の噴火を知った。

桜島の映像を目にして私は、ずっと昔に見た夢を思い出した。

 

夢の中に鹿児島の地図が逆さまに出てきた。

その形は、まるで2頭のつがいの龍が向かい合っているように見えて、桜島は、ちょうどメスのお腹にあたる場所だった。

 

その時、夢の中の人物が、
桜島が噴火するたびに龍が生まれるのだ」
と言った。

 

その夢の話が本当なら、その日生まれた龍は、私と誕生日が同じだった。


だとしたら、その龍はきっと彼の事を護ってくれるだろう、と思った。

 

 

鹿児島の病院からの帰り道、私たちは、彼にとって所縁のある熊本の弊立神宮に立ち寄る事にした。

 

そこは、宇宙から降臨した五色人の神を祀っているという、少し変わった神社で、彼に言わせると地球人の祖である宇宙人が祀られているらしかった。

 

弊立神宮に着く前、彼が急に「お神酒買わなきゃ」と言い出した。

大吟醸の3、4千円くらいのお酒」と言われ、近くのスーパーに買いに行った。


ところが、熊本の小さなスーパーの酒のコーナーには、ほとんど焼酎しかなく、日本酒は僅か3種類しかなかった。

そのうち、彼の言っていた大吟醸は一つだけで、それはまるで結納の時に持っていくような、朱色の箱に入った酒だった。

 

「これじゃ、まるで結婚の報告だね。」
と、彼が少し照れながら言った。

 

お参りをして、神主の元にお神酒を届けた。

参道を帰る道すがら、何処からともなく現れた黒猫が、私たちを途中まで見送ってくれた。

 

 

高知に帰って来てから、彼は緩和ケアに入院する事になった。

私は、病院に毎日のように通い、アロママッサージをした。

また、腹水を軽減するための生姜パックと里芋パスタという方法をネットで見つけ、彼に施した。

私は、そんな毎日を楽しいと思っていた。 彼と毎日一緒に居られることが、夢のようだった。


いつまでも、こんな日が続いてほしいと思っていた。


けれど彼の体は、少しずつ痩せて、調子の悪い日が続いた。

 

 
そんな中、彼が読んでいた「シャスタの地下都市テロスからの超伝言」という本の著者とパートナーが、高知に来るという事を知った。

 

2人はシャスタに住んでいて、日本人向けのガイドもしていた。

私たちがシャスタに行く時も、ガイドをお願いしようと思っていた人たちだった。

 

「今回はシャスタに行けなかったけど、シャスタの方から来てくれるみたいだよ」

 

と私は言った。彼も何かの縁を感じていたようでだった。

結局彼は、著者のハルミさんのセッションを受ける事になった。


セッション当日、私は彼の車椅子を押して、会場に行った。

彼の体調が気がかりだったため、特別に同席を許されて私も参加する事になっていた。

 

ハルミさんは、高次元の存在と繋がり、彼をセントジャーメインの紫色の炎で浄化した。

 

私はその間、ずっと目を閉じていた。

 

私の目の前の床の上で、のたうち回って苦しむ蒼い龍を見た。その龍は、彼だった。

龍が口から何かの塊を吐き出すと、それが私に向かって飛んできた。
私はとっさに、持っていた剣でそれを斬り落とした。

 

彼の体を左巻きの紫色の炎が包み、やがて炭になった彼の体が現れた。

よく見ると、その後ろには、黄金色に輝くもう1人の彼がいた。背中に羽根を持っていた。

炭になった彼の体は、天に向かって稲妻のように飛び去って行った。

 

その瞬間、感情が溢れ出した。

私は泣いていた。

なぜ泣くのか、理由は分からなかった。

その間中ずっと、宇宙語を話すハルミさんの声が聞こえていた。

懐かしいような、切ないような気持ちだった。

 

 

ハルミさんのセッションの後、彼とイメージのシェアをした。


驚いた事に、彼が見たイメージと私が見たものは、同じ光景だった。

セントジャーメインの紫色の炎が、左巻きだった事。
燃え尽きて彼の体が炭になり、彼の本体が黄金色に輝いていた事。
そして、炭になった肉体が、天に昇っていった事。

けれど、ただ一つだけ、違った部分があった。

「炭になったオレの分身が、光の存在になったオレの方を振り返って、何とも言えない表情で見つめてきた。」

と、彼は言った。
「でもオレの分身は、自分がなぜそうなるのかを理解していたよ。」

 

私は、自分が見た蒼い龍の事を話した。

その龍は自分だと思う、と彼は言った。
「もし、その龍が吐き出したものが、俺の癌で、お前がそれを切り捨ててくれたのなら、治るのかもね。」
「そうだね。そうだといいな。」

 

そして彼は、言った。
「感謝してもしきれない。オレは、お前に生かされてるような気がする。お前が毎日マッサージして、オレに命を吹き込んでくれてる。もしこの癌が治ったら、それはお前のお陰だよ。」

 


セッションが終わり、ふと周りに目をやって、驚いた。

ライトオブアシュタールが並んでいた。

 

「新作のディバインクウォーツですよ。今回の日本行きに間に合うように、ヨーコヤマグチさんが届けてくれたんです。」

パートナーのヒデさんが言った。

 

「やっぱり、これもアシュタール絡みだ。」

彼と私は、顔を見合わせた。

 

私たちが、ディバインクウォーツを手にするのは必然だった。

私は、ある石から目が離せなくなった。それは、「虹の女神」という名前の石だった。

 

彼もまた、自分が一番惹かれた石を選んだ。

彼の石の名前は、「エンジェルの羽根」だった。
その石を見た時、羽根というよりは、剣を想像した。

名前からは想像できないほどの強さと逞しさを、その石のエネルギーから感じられた。そして、言った。

 「きっと天使は天使でも、大天使のほうだね。」

  

 

アシュタールの石を手に入れてから、今までと何も変わらないのに、私たちは、なぜかいつもワクワクしていた。

 

彼はハルミさんのセッションの後、とても元気になっていた。車椅子が無くても、杖で歩ける程になり、私や医療関係者を驚かせた。